15年前の答え合わせ 『ストーリーで理解する カーブアウトM&Aの法務』

 珍しく同一月内2回目の更新。

 今回は書評、というよりは読書感想文。

 『ストーリーで理解する カーブアウトM&Aの法務』(中央経済社:柴田堅太郎編著 中田裕人著)。

 自分の企業法務担当者のスタート地点のひとつは「勤務先の株式譲渡による売却対応なのだが、それももう15年前の事件。当時のドタバタぶりは前々、前blogのエントリに残している。そのエントリが縁となり、今はない月刊法律誌に「M&Aの対象会社」側の立場で寄稿させていただいたのも10年前の出来事である。大変な時間だったはずなのだが、今やひと昔、ふた昔の記憶となり、そして薄れつつある。そこで本書である。

 読後の感想をまずひと言でいえば「すべてが合点がいった」である。「株式譲渡による売却」時点から遡って所属事業部門の「会社分割による子会社」から「株式譲渡」まで実に用意周到に計画だったのだと本書を読んで改めて理解した。

 本書はストーリーと解説が交互に組み合わさった構成で章が進む。ストーリーは自分にとってどこか既視感をおぼえるものであり、苦笑いせざるを得ない。

 M&Aの対象会社/部門に在籍する人間にとって、セルサイドの経過など知る由もない。自分たちがどうなるかを知るのは、セルサイド(親会社/自社)のプレスリリースであり、突き付けられる「スタンドアローンイシュー解消プロジェクト」のサマリーである。対象会社/部門が「いくらごねても時すでに遅し」と言葉をなくすレベルまで持っていくのが、セラードDDの肝だろう。この点、本書では特に製造業で課題になる「知的財産権」や「工場の不動産」に言及しており至れり尽くせりの内容である。セルサイドに立つことになった企業法務担当者は必読と思うし、むしろ経営企画部門の人間が読んでもよいと思う。そして、もしかしたら対象会社/部門になるかもしれない側の人間が「逆引き」的に読むこともすすめる。(そうは思いたくないかもしれないが、あるのだ)

ところで。

コーポレートガバナンスコードの観点からのカーブアウトM&Aがある一方で、親会社を含むグループ一体運営を強化していくケースが多いかもしれない。しかし、今はグループ内に留めるとした事業や子会社等であっても未来永劫グループ内に留まるかは誰も保証できない。結束と統制を強めれば、「カーブアウト」に再び労力をかけることになる。したがって本書は改訂を重ねつつロングセラーになる書籍になるかもしれない。

 最後に「ストーリー」部分にふれておく。書籍タイトルに「法務」とつくものの、企業法務担当者が登場し活躍する場面はない。主人公はセル/バイサイドの法律アドバイザー(要するに法律事務所の弁護士)である。企業法務担当者の出番があるかと思う人にとっては肩透かしかもしれない。しかし、これが「リアル」である。M&Aの主体は経営企画部門であり、法務部門のみならず財務経理部門はM&Aの場でも「バックオフィス」ということが多いと思う。自身の経験でいっても二度目の売却の際の買主は事業会社だったが、DDでも会社側の法務や経理担当者が出張ってきたことはない。皮肉なことだが、M&Aという舞台では役名もセリフ一つも与えられない、対象会社の法務や経理担当者のほうが関わるかもしれない。(もう関わりたくはないが)

 セルサイドDDの方法としての「IPO準備」についても触れようと思ったが、今回はここまでとする。