通過(ひとつ歳をとる)

 また更新を止めてしまっていた。

 埋草エントリばかりになるが仕方がない。

 

 この秋でまたひとつ歳をとった。

 誕生日に何をしたかといえば、5回目のコロナワクチンの接種。接種場所は歩いて3分ほどの老人ホーム内の診療所。「中抜け」が可能な在宅勤務日に合わせて予約、接種した。(ちゃんと30分ほどの中抜け時間は勤怠管理システムで登録した。)

誰とも会わず酒も呑まず、ほんとうに地味な一日であった。

 きちんとした人生設計があろうがなかろうが、死なない限り毎年歳を重ねる。自分の年齢ぐらいになると、何事もなく歳をとることに何かしらの努力が必要ということを感じる。と、いう心境になったのは部門のメンバー(ひとつかふたつ年上)が昨年秋以降病に侵され入退院を繰り返していることが大きい。彼は特段不摂生な生活を送っていたわけではないが極端な医者嫌いということがあって、病のごく初期の手当が遅れた可能性があるからだ。もう若いころとは違うのだ。身体にまとわりつく違和感は何かの前ぶれなのだと自分にいいきかせる。

 ワクチン接種後、上腕が痛むこともあってややくたびれた気分が続いていたときに、ローリングストーンズの新作を耳にする。最初は失礼なことだがメンバーの年齢を考えると新録ではなく未発表音源のリリースかと思ったのだがばりばりの新作。しかもどこか若々しくしなやか、常人では到底もちこたえられないような生き方をしていたはずだが、今もただの通過点だといわんばかりの勢いである。彼らのような人生を送ることはできないが、ひとつ年齢を重ねたぐらいでしんみりしている場合ではないと思うのであった。

 予告しないとエントリを書かなくなってしまうので、次回は久々に『ビジネス法務』の拾い読みを書くことにする。