『泳ぐ者』 予断がまねく苦さ

今回のネタは『泳ぐ者』(青山文平 新潮社)

 新刊ではない。単行本は2021年3月刊。この秋文庫化された。前blogで前作にあたる『半席』を取り上げたのが2019年2月。その2か月後に監査業務に主軸を置くようになった。今思えば不思議なタイミングだと思う。

 時代小説(時期は幕末近く)だがミステリー仕立て、主人公は徒目付(監察、内偵の役目)である。やや監査部門の仕事に似通っている。主人公の徒目付としての成長譚の形をとるが、前作が連作だったのに対して本作は長編である。プロローグ、タイトルの事件、エピローグという構成。ネタばれを避けるが、タイトルの事件の経験を通じてプロローグの事件を省みる流れ。タイトルの事件は、今でいうハラスメント行為が発端の悲劇なのだが、偶然事件の当事者にかかわりあってしまった主人公が当事者の姿に疑問をもち真相を探り事件の「本当のこと」に辿り着くというのがストーリーである。本来ならここで落着してもよいのだが、再びプロローグの事件に戻り己のしたことを省みる。主人公が最後にかみしめる苦さに共感したのは今の自分の職種のせいだろうか。

 自分の仕事は予断とひとりよがりな理想主義、過剰な正義感は禁物である。これらに取り込まれてしまえば、見るべきものの発見、聴くべき話に辿り着けず、事実を積み重ねることができない。また仮説と予断は異なるということも意識しなければならない。

 そんなことを改めて感じさせた一冊である。

 なんでも仕事に結びつけてしまうのは悪い癖だ。

 時代小説として楽しめる一冊であることはいうまでもない。興味があればどうぞ。

泳ぐ者(新潮文庫)